筑波研究学園都市の研究学園地区*1への導入部に設置された6か所の都市ゲート(道路の両脇や中央分離帯に建つ三本柱)。写真は撮れたものから載せていきます。
研究学園地区は、下図の黒枠で示す地域で、筑波研究学園都市のうち研究、教育系施設、それに付随する商業施設、公務員&民間住宅地、公園緑地などが立地する。おおまかに言えば、20世紀後半に開発された地区で、センター(TXつくば駅周辺)と、国研・国立大学・行政機関の場所である。

出典:国土交通省『令和2年 大都市圏要覧』159頁
研究学園地区以外の区域を周辺開発地区といい、北条、谷田部などの従来の都市、田園、つくばエクスプレス開業で開発された研究学園駅周辺やみどりのなどの地区である。
参考:筑波研究学園都市建設法施行令(昭45令240)別表 e-Gov法令検索
研究学園地区と周辺開発地区の境界付近に都市ゲートが建設された。
蛇足だが、研究学園地区にはパチンコ屋が建てられない。研究学園地区を出て周辺開発地区に入った途端パチンコ屋が並んでいたりするから面白い。以下で紹介する都市ゲートは学園都市建設当初からの大通りにしか設置されていないから、パチンコ屋がオルタナティブ都市ゲートとして、都市ゲートの数の少なさを補ってくれるだろう(?)。

①竹園(土浦学園通り)
東→青


東西南北のゲートは四神に基づいて配色されている(要するに風水)。研究学園地区の東側の入口であるこのゲートは青。つくば市成立前の筑波研究学園都市は複数の町村にまたがっており、中心部ですら新治郡桜村と筑波郡谷田部町から成っていた。複数の町村、一つの都市。このゲートこそが一つの都市としての一体感を演出したのだろうか。
②松の里(牛久学園通り)
南→朱


研究学園地区の南側は農林系の研究機関が立地する。ここが一番市境に近いゲートであり、周辺開発地区のガードが最も薄い場所という発想もしてみたり。
——東京の一極集中の緩和を目的として筑波に建設した学園都市。都市圏の拡大、過密化の波を食い止めるため、強固な防衛が求められる。ここは東京から最も近いゲート。しかし結界は最も手薄なこのゲートでなく、常磐新線によって破られたのであった……。
③西大橋(エキスポ大通り)
西→白


東側(土浦駅方面)から研究学園地区に入り、土浦学園通りを進むと、道路の通称が松代交差点でエキスポ大通りに変わる。大通りが1985年科学万博開催地(現在は工業団地)のすぐ北側を通るあたりに都市ゲートがある。
TX(つくばエクスプレス)の開業で、路線に沿って市街地が広がったため、都市ゲートが市街地と田園地区を区切っている印象は薄い。このあたりは万博記念公園駅〜研究学園駅に近い。
④筑波上沢(学園東大通り)
北→玄(赤黒)
研究学園地区を北上する。学園東大通りが学園西大通りの合流を受けて、さらに北上する。すると大通りを走って、いつぶりの坂だろう。研究学園地区が湿潤平野を避けてだいたい平らであったことに気づく。川が近い。筑波山も目前。
高速道路からは遠く、つくば市のリサイクルセンターがあるような立地である。しかし車通りは多い。研究学園地区の下妻・筑西方面からの入口である。
写真はまだ。遠いのでいつ撮りに行けるかわからないです(写真を撮る時は自転車で行こうと思っているので)。
⑤並木(学園東大通り)
田園都市のイメージ
並木、稲荷前の二箇所は道路の両脇でなく中央分離帯に設置してある。JAXAや産総研に近く、高速バスも通る場所だが、観光でつくばを訪れて都市ゲートの存在に気づく人ってどれくらいいるのかしら。

⑥稲荷前(学園西大通り)
研究・科学のイメージ
学園西大通りのこのあたりは研究機関が隣り合っている(学園東大通りの並木周辺もそうだが)。
ゲートから学園西大通りをさらに南下して、牛久市・水戸街道との交差点は「西大通り入口」。北上して学園東大通りに合流する交差点も「西大通り入口」。両端が入口である(もっとも、「〇〇通り出口」なんて名前の交差点があったらお目にかかりたい)。

令和7年5月13日 研究学園地区に関する補足と、言葉遣いの見直しを一部で行いました。
*1:研究学園地区…研究学園一丁目~七丁目とは異なるので注意。研究学園地区に含まれるのは上沢、大穂、立原、南原、花畑、西沢、旭、天王台、天久保、吾妻、竹園、千現、並木、梅園、北郷、西原、八幡台、春日、東新井、二の宮、小野川、松代、大わし、藤本、観音台、長峰、東、稲荷前、高野台、牧園、池の台、松の里、西の沢及び若葉。研究学園一丁目〜七丁目は研究学園地区でなく周辺開発地区です。